背景
イエス様は、ここで初めて「十字架」という言葉を口にされました。十字架刑は当時の最も重い恥と苦痛を呼び起こすものでしたから、それを聞いた人々に動揺を与えたに違いありません。十字架刑を受ける人は自分で十字架を処刑場まで運び、その道中に人々からあざけられるのも罰の一部でした。
質問
注:
かっこの中の質問は、前の質問に答えがないときにだけ読んでください。
- 34-38節
- 今の時代、いい人生とは普通、どんなものと考えられていますか。(現代人にとって、「命を救う」と「命を失う」とは、どういう意味でしょうか)
- イエス様は誰にこの言葉をかけられたでしょうか。
- イエス様について行くことのイメージは、この言葉を聞く前と後ではどう違いますか。
- この条件ででもイエス様について行きたいと言う人はどういう人ですか。
- イエス様がご自分に従う人をもっとほしいと思われたとしたら、それなのにどうしてこんなことを言われたのでしょう。
- 34節 自分を捨てる
- 弟子たちの人生の中で、自分を捨てるというのはどういうことでしたか。
- 今の皆さんにとって、イエス様について行くために自分を捨てるというのは、どういうことですか。
- (「自分を捨てる」という概念は、キリスト教と仏教ではどう違いますか)
- 34節 自分の十字架を背負う
- イエス様が言われる「十字架」とは、私たちの場合、ご自分を信じたための苦しみだけをさしているでしょうか、それともあらゆる苦しみのことをさしているでしょうか。その理由も述べてください。
- 十字架がなかったら、皆さんの人生はどうだと思いますか。
- ご自分についてくる者に、イエス様が十字架のない人生をお与えにならないのはどうしてですか。
- 人が自分の苦しみを、サタンでも運命でも周りの人でもなくイエス様からのものであると思うと、それはどのように変わりますか。
- 35節 命を救うか失うか
- 人は自分の十字架を捨てようと思ったら、どのようにするでしょうか。
- 自分が幸せになることが人生の大きな目的である人は、どうして幸せになれないのでしょうか。
- イエス様に従う人の、十字架を負う力はどこから来ますか。
- 36、37節 人はどんなことのために命を捨てるか
- イエス様は全人類の命を買い戻すため、どんな代価を支払われましたか。
- 38節 イエス様とその言葉を恥じる
- ノンクリスチャンの前で、最もいいにくい聖書の教えは何ですか。
- 「神に背いたこの罪深い時代」の中で、御言葉のために戦わなかったクリスチャンをイエス様はどうして恥じられますか。
- イエス様が恥じられる人はどうなりますか。
よき知らせ
- 十字架を背負っているクリスチャンにとって、先にこの道をイエス様が歩まれたということは、どういう意味ですか。
- イエス様はこの出来事のすぐ後、命を失われました。なぜですか。