背景
40節の
「預言者」は、ユダヤ人が1000年以上もの間待っていた新しいモーセのことです(申命記18:15、18)。
質問
注:
かっこの中の質問は、前の質問に答えがないときにだけ読んでください。- この個所にどんな人のグループが登場しますか。
- それぞれのグループは、イエス様のことをどう思っていますか。
- 当時の人にとって、イエス様がメシヤであることがわかる判断材料は何ですか。
- イエス様が「わたしはナザレで育ったが、ベツレヘムで生まれたダビデの子孫だ」と、みんなの前で言われなかったのはなぜですか(41、42)。
- 当時の人がイエス様をメシヤであると信じることと、現在の人がそれを信じることと、どちらが易しいでしょう。
- なぜ、イエス様がメシヤであることは隠される必要があったのですか。(イエス様がメシヤであると最初から人々にわかっていたら、どうなっていたでしょう)
- 個人がグループの力に逆らうのはどうして難しいのでしょう(45-48)。
- 49節で、ファリサイ派の人々の考え方についてどんなことがわかりますか。
- 45-52節によると、ファリサイ派の人々は最高法院で元々どうするつもりでしたか。
- イエス様の言葉のほうが奇跡よりも神殿の下役に感銘を与えたのは、なぜだと思いますか(46)。
- ニコデモが黙っていたら、どんなことになったか話し合ってください(50―51)。
- 以前、ニコデモは夜にイエス様を訪れています。それは、おそらく他のファリサイ派の人を恐れたからだと思われます。このとき言いたい事を言う勇気は、どこから来たと思いますか。
- 皆さんは、周りのみんなと違う意見を言う勇気がありますか。
- ニコデモの言葉は思った効果を発揮したでしょうか。もしそうなら、どんな結果でしたか。
- 厳しく非難された時、ニコデモは言ったことを後悔したと思いますか。理由も言ってください(52)。
- (時間がある場合)グループが間違った判断をしようとしたとき、個人にはどんな責任がありますか。
- なぜ神様は、イエス様がメシヤであることをみんなにはっきり示されなかったのですか。