イザヤ 56:1 主はこう言われる。正義を守り、恵みの業を行え。わたしの救いが実現し わたしの恵みの業が現れるのは間近い。
56:2 いかに幸いなことか、このように行う人 それを固く守る人の子は。安息日を守り、それを汚すことのない人 悪事に手をつけないように自戒する人は。
56:3 主のもとに集って来た異邦人は言うな 主は御自分の民とわたしを区別される、と。宦官も、言うな 見よ、わたしは枯れ木にすぎない、と。
56:4 なぜなら、主はこう言われる 宦官が、わたしの安息日を常に守り わたしの望むことを選び わたしの契約を固く守るなら
56:5 わたしは彼らのために、とこしえの名を与え 息子、娘を持つにまさる記念の名を わたしの家、わたしの城壁に刻む。その名は決して消し去られることがない。
詩篇 67:1 指揮者によって。伴奏付き。賛歌。歌。
67:2 神がわたしたちを憐れみ、祝福し 御顔の輝きを わたしたちに向けてくださいますように セラ
67:3 あなたの道をこの地が知り 御救いをすべての民が知るために。
67:4 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:5 諸国の民が喜び祝い、喜び歌いますように あなたがすべての民を公平に裁き この地において諸国の民を導かれることを。 セラ
67:6 神よ、すべての民が あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって あなたに感謝をささげますように。
67:7 大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。
67:8 神がわたしたちを祝福してくださいますように。地の果てに至るまで すべてのものが神を畏れ敬いますように。
マタイ 14:34 こうして、一行は湖を渡り、ゲネサレトという土地に着いた。
14:35 土地の人々は、イエスだと知って、付近にくまなく触れ回った。それで、人々は病人を皆イエスのところに連れて来て、
14:36 その服のすそにでも触れさせてほしいと願った。触れた者は皆いやされた。
聖書には、神がお選びになったイスラエルの民と、それ以外の民族、つまり異邦人と言う風に区別されて語られていることが多い。
しかし、イスラエルの民であろうと、異邦人であろうと、同じ種であり、同じ人間である。
少し前に、アメリカで黒人差別の問題が大きく取り上げられたことがあったが、人種差別の問題は、世界中のあちこちで見られ、根深いものがある。
差別する側は、無理解による偏見などもあるのだろうが、中には、利害関係のゆえに差別が行われることも少なくないのだろう。
差別される側は、理不尽な思いの中に苦しめられるのだが、自己卑下する必要など全くないし、堂々と胸を張って生きて行けばいい。
神に創られ、神に愛されている事実は、全ての人に平等である。
ちなみに、イエス・キリストは白人ではないということは意外と多くの人が誤解している事実かもしれない。
最近では、イエス・キリストの想像画をアラブ系の人物として描かれることが増えているようである。
イエス様は、いつでも弱い者の側に寄り添って下さるお方である。
弱い者、差別される側の者であることを卑下するのではなく、むしろ、神に愛されている者として誇りを持って生きよう。