ヨブ 38:12 お前は一生に一度でも朝に命令し 曙に役割を指示したことがあるか
38:13 大地の縁をつかんで 神に逆らう者どもを地上から払い落とせと。
38:14 大地は粘土に型を押していくように姿を変え すべては装われて現れる。
38:15 しかし、悪者どもにはその光も拒まれ 振り上げた腕は折られる。
38:16 お前は海の湧き出るところまで行き着き 深淵の底を行き巡ったことがあるか。
38:17 死の門がお前に姿を見せ 死の闇の門を見たことがあるか。
38:18 お前はまた、大地の広がりを 隅々まで調べたことがあるか。そのすべてを知っているなら言ってみよ。
38:19 光が住んでいるのはどの方向か。暗黒の住みかはどこか。
38:20 光をその境にまで連れていけるか。暗黒の住みかに至る道を知っているか。
38:21 そのときお前は既に生まれていて 人生の日数も多いと言うのなら これらのことを知っているはずだ。
詩篇 8:1 指揮者によって。ギティトに 合わせて。賛歌。ダビデの詩。
8:2 主よ、わたしたちの主よ あなたの御名は、いかに力強く 全地に満ちていることでしょう。天に輝くあなたの威光をたたえます
8:3 幼子、乳飲み子の口によって。あなたは刃向かう者に向かって砦を築き 報復する敵を絶ち滅ぼされます。
8:4 あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。
8:5 そのあなたが御心に留めてくださるとは 人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう あなたが顧みてくださるとは。
8:6 神に僅かに劣るものとして人を造り なお、栄光と威光を冠としていただかせ
8:7 御手によって造られたものをすべて治めるように その足もとに置かれました。
8:8 羊も牛も、野の獣も
8:9 空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。
8:10 主よ、わたしたちの主よ あなたの御名は、いかに力強く 全地に満ちていることでしょう。
2テモテ 1:12 そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。
1:13 キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。
1:14 あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。
昨日の日課の箇所では、私たちが己の限界を知り、神の御前で謙遜に生きることについて考えさせられた。
とは言え、二度と立ち上がれないほどに徹底的に打ちのめされて、何もできないようではそれもまた間違いであろう。
むしろ、己の弱さ、愚かさを知った上で、それでも自分に何ができるのかということを思いめぐらし、ほんの小さなことでも自分にできることがあるのならば、そのために自分が用いられていくことを求め、自分に与えられた務めや生涯を責任を持って全うしていくことが大切なのだろうと思う。
できるかできないかが問題なのではない。
やるかやらないか、である。
やってダメなら、それはそれで仕方がないが、やる前からあきらめていては、何事も始まらない。
主なる神様は、最初からあきらめていたわけではなく、この世界を創造され、そこに生きる幸いを私たちに味わわせようとされた。
残念ながら、人は罪を犯し、神の御心を損なってしまったが、それでも神は、あきらめたわけではなく、御子キリストの命を犠牲にしてまでも、私たちを救おうとされたのである。
永遠に変わることのない愛、あきらめることのない愛、それが私たちを救い、生かしている。
この愛によって救われたもの、生かされている者として、何もしないで無駄な時間を浪費するような人生を過ごすのではなく、ほんの少しでも自分にできることが無いか探し求め、神の御前で恥ずかしくない人生を歩んでいきたいものである。