1ヨハネ 3:19 これによって、わたしたちは自分が真理に属していることを知り、神の御前で安心できます、
3:20 心に責められることがあろうとも。神は、わたしたちの心よりも大きく、すべてをご存じだからです。
3:21 愛する者たち、わたしたちは心に責められることがなければ、神の御前で確信を持つことができ、
3:22 神に願うことは何でもかなえられます。わたしたちが神の掟を守り、御心に適うことを行っているからです。
3:23 その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです。
3:24 神の掟を守る人は、神の内にいつもとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。神がわたしたちの内にとどまってくださることは、神が与えてくださった”霊”によって分かります。

人はみな神の創造の器であり、少なからず良心も備えている。
そのため、律法の言葉の前に恐れや責めを感じるのっだろう。
それ自体は悪いことではないが、やはり不安はぬぐい切れない。
自分だけの力では、どうすることもできないからである。
しかし、救い主イエス様を信じることによって、その恐れは責めはもはや必要ではなくなる。
恐れや責めがなくなるから、平安でいられるし、平安でいられるから、大胆に隣人にも仕えていけるのだろう。
まずは神に愛され、赦されていることを常に確認すること。
そこから全ての愛の業も始まっていく。

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