今日はテモテ21研修のため、2泊3日の予定で、姫路の教会におじゃましている。
教会に来る途中、駅前を通ったとき、かつて阪神大震災の折、何日もお風呂に入れなくて、当時姫路に住んでおられた先生のお宅を見つけ、懐かしい光景とともに、当時の記憶が断片的に思い返された。
ガレキであふれかえった神戸を一歩離れると、何も不都合なく日常の生活がおくられていることに戸惑いもあったが、少しでも殺伐としたところを逃れ、心身ともに疲れを癒やすことができた。
今日の日課では、ダビデが主なる神を逃れの場とよんでいる。
私達にとって、逃れの場とはどこであろうか。
いつもと違う姫路の地にて思い巡らす。
どこに行っても、神のみ言葉の前に静まるとき、そこが私の逃れの場なのだろう。