ヨハネ 14:1 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。
14:2 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。
14:3 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。
14:4 わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」
14:5 トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」
14:6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。
14:7 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」
14:8 フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、
14:9 イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。
14:10 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。
14:11 わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。
14:12 はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。
14:13 わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。
14:14 わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」
昨日、今治の刑務所から脱走した受刑者が広島で発見されたというニュースが報道されていた。
瀬戸内の向島の無人の別荘の屋根裏部屋に潜んでいて、海を渡り、最後は広島の球場の目の前で、プロ野球が開催されている時に現れて見つかったのだとか。
逃亡生活に疲れて、見つけてくれとばかりに人ごみに現れたのか、人ごみなら分からないだろうと思って現れたのかは分からないが、大勢の人波にもまれながらも、心は寂しい気持ちでいっぱいだったのではないだろうか。
どんな気持ちでいたのか、想像でしかはかることはできないが、おおよそ、多くの人が多少なりとも似たような気持ちで日常の生活を営んでいるのではないかと思う。
雨露をしのぐことのできる生活の場所もある。
周囲に人もいっぱいいる。
でも、なぜか、そこが自分のいるべき居場所のように思えず、どこへ行って、何をすれば良いのかわからないまま、放浪し続けているように思う。
それはなぜか。
自分が必要とされていること、愛されていることを知らないからだろう。
イエス様の愛のもとに立ち返るなら、この問題は解消される。
もう、何を追い求めているのかもわからないまま、探し求める必要もないし、必要とされていること。愛されていることを知っているから、こころ空しく、欠乏したまま過ごす必要もない。
イエス様に愛されていることを知って、充足した心で、日常を過ごしていけることの幸いを覚えたい。