マタイ 13:36 それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちがそばに寄って来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。
13:37 イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、
13:38 畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。
13:39 毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。
13:40 だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。
13:41 人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、
13:42 燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。
13:43 そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」
13章24~30節で語られた毒麦のたとえについて、イエス様ご自身の言葉で詳細に解説されている。
良い種とは御国の子ら、毒麦とは悪い者の子ら、毒麦をまいた敵は悪魔、刈り入れは世の終わり、刈り入れる者は天使たちと、かなり明確に語られている。
これらのことから、悪い者の子らも直ちに裁かれるわけではなく、世の終わりまで常に活動を続けているであろうことも伺える。
ならば、今の時代が世の終わりに近づいているのかどうかといったことは、それほど問題ではない。
悪い者はいつの時代でもいるからである。
そんな世界に我々も生きている。
共に歩んでいく必要はないが、常に注意が必要だし、時には戦わなければならない時もあるだろう。
不安もないわけではないが、大切なことは、御国の子らの種を蒔いたのは主ご自身であるということ。
そして、直前の箇所に語られている「からし種のたとえ」にも注目しておきたい。
マタイ 13:31 イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、
13:32 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
13:33 また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
私たちに必要な事は、神を信じる信仰である。
どんなに小さくても、無力で何もできなくても、神を信じる心が大切なのである。