ルカ 9:49 そこで、ヨハネが言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちと一緒にあなたに従わないので、やめさせようとしました。」
9:50 イエスは言われた。「やめさせてはならない。あなたがたに逆らわない者は、あなたがたの味方なのである。」
物事を単純に考えがちな人は、この人は自分の敵か味方かといった考え方をしがちである。
おおよそ、その基準は、自分にとって益となるか害となるかといったものであろう。
けれども、必ずしもそういう基準でくくれない場合もあるだろう。
自分にとって益をもたらす場合でも、なんとなくうまが合わなかったり、あるいは、有能過ぎて妬んだり、結局、自分以外の全ての人が敵のように感じてしまうのかもしれない。
結局、自分の勝手な都合で敵にしたり味方にしたりしているだけなのだろう。
自分以外は他人である、という事実は永遠に変わらない。
しかし、敵か味方という観点で言えば、自分の捉え方次第では、他人はどちらにもなりうる。
苦手だと思っている人がいても、話してみると、案外良い人に思えてくることもあるだろう。
敵を作り出す原因は、案外自分の中にあるのかもしれない。