この方は真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。                                                                                             ヨハネ14章17節

先週の箇所ヨハネによる福音書14章1~14節の後半から、今日の箇所15~21節にかけて、イエス様が弟子たちに、そして、今日主の弟子として歩もうとしているわたしたちに語りかけておられる三つの約束が記されています。
もっと大きな業を行う
イエス様が弟子たちにお与えになった約束その第一は、「わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる」(12)ということでした。それでは、もっと大きな業とは何のことなのでしょうか。肉体をもったイエス様は、駆けずり回っても世界中の人々を愛することはできません。しかし、キリストを信じる弟子によって、キリストの十字架の愛が世界中に広がって行くという幻をイエス様は見ておられたのでした。
祈りが聞かれる
イエス様が弟子たちにお与えになった約束その第二は、「わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう」(13)ということでした。これは、わたしたちが願うどんな人間的な願いでもかなえられるということでしょうか。それはそうではありません。小さな子どもが、「ナイフ投げをして遊ぶから」と言っても、親は、ナイフを与えたりしないでしょう。わたしの名によって、イエス・キリストの名によってということがポイントです。何が主のみこころであるかを理解し、主のみこころに生きることを喜ぶ者、主のみこころに従って祈り求める者へと、主はわたしたちを造り変えて下さるのです。
真理を知る
イエス様が弟子たちにお与えになった約束その第三は、「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」(16)ということでした。そして、「この方は、真理の霊である」(17)と言われています。このお方、聖霊によって、わたしたちは、真理、すなわち、主のみこころを知ることができるのです。
「もっと大きな業を行う」「祈りが聞かれる」「真理を知る者とされる」それには、前提があります。それは、恵みということです。恵みに応えて主の業を行う者とされるのです。恵みに応えて主のみこころを喜び、主のみこころに従って主に願う者とされるのです。恵みに応えて信仰の一歩を踏み出すことを通して、いよいよ主のみこころを知る者とされるのです。主の約束に心を留め、主の恵みに応えて生きる一週間と主に導いていただきましょう。

                                                                                                           (前川隆一牧師)