「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。」
ヨハネ14章15節
「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る」とのイエス様のおことばで始まる箇所です。
掟
では、その掟とは何か。それは、ヨハネ13章34節です。クリスチャンの歩み、それは、イエス様が愛して下さったように、互いに愛し合う歩みです。けれども、罪の中に生まれ、罪の中生きて来たわたしたちから出て来る反応、それは、どんな反応でしょうか。「イエス様、そんなにかんたんなことのようにおっしゃらないで下さい」、そんな反応であるのかもしれません。
別の助け主
そのようなわたしたちに対してイエス様がおっしゃった、それが16節です。第一の「弁護者」、「助け主」、それは、イエス・キリストです。そして、別の「弁護者」、「助け主」、それは、聖霊なるお方です。わたしたちは、助け主、キリストの恵みと、そのキリストを信じる者として下さった別の助け主、聖霊の働きによって、主が愛して下さったように、互いに愛し合う者とされるのです。そして、聖霊の恵みによって一段一段と神様のみこころの高みへと導かれるようにと招かれているのです。
謙遜
そして、第三のこと。今、「神様のみこころの高みへ」ということを言いました。それは、具体的な信仰生活においては、低きへ低きへという歩みである。へりくだり、仕えて行く歩みである。そのことを覚えたいと思います。「クリスチャンの倫理の中核は、謙遜であり、そのパロディー(模倣)の中核は高慢である。それぞれ異なった道は、それぞれ異なった目的地へと導く。その行き着く先は、そこを旅する人に人格を形づくる。」クリスチャンの歩み、それは、謙遜であり、仕えることです。それは、わたしのわざではなく、聖霊によってさせていただく歩みですから、わたしたちはいよいよ謙遜にさせられて行く歩みであるのです。
(前川隆一牧師)