イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」
ヨハネ11章4節
葬られていたラザロを、イエス様が墓から呼び出された奇跡のできごとです。
友
今日の箇所を通して、まず心に留まる。それは、イエス様が、ラザロのことを「友」と呼ばれたことです(11)。子どもが成長し、思春期に入ると、親よりも、先生よりも、いちばん深いところの思いを打ち明けることができる存在。それは、友という存在です。イエス様から、「友」と呼んでいただいたラザロ。彼は、びっくりするような幸いに与っている人でした。
心に憤りを覚え、興奮し、涙を流されたイエス
また、二番目に心に留まる。それは、このできごと、イエス様の思い、感情、喜怒哀楽ということが非常によく表れているできごとということです(33~34、35)。イエス様は、このとき、人類を覆っている死という現実にたった一人で直面しておられました。また、その根っこにある罪という現実に直面しておられました。その罪と死から人類を救い出すためには、死をもってしか解決することができないという現実に直面しておられました。すなわち、このラザロを墓から呼び出すというできごとの向こうに、イエス様は、自らの十字架の死ということを見ておられたのです。
よかった
そして、第三に心に留まる。それは、イエス様がベタニアへと出発される前に不思議なことを言われました(14~15)。イエス様は「よかった」とおっしゃいました。何が「よかった」のか。それは、4節です。ラザロは死ぬのです。けれども、死で終わりではない命によみがえるのです。そのことを通して神の栄光が現される。その栄光を弟子たちが見ることができる。だから、「よかった」と言われたということです。
最後に覚えたいこと、それは、このラザロに起こったできごと、それは、わたしのうちにも起こったできごとということです。
(前川隆一牧師)