イエスは言われた。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである。」 ヨハネ4章34節
イエス様とサマリアの女との対話とそれに続く場面です。
わたしたちとかけ離れたお方?
イエス様のもとへ帰って来た弟子たちが「食事をどうぞ」と言うのに対して、イエス様は「わたしにはあながたの知らない食べ物がある」とおっしゃいました。これは、イエス様が、わたしたち人間とかけ離れたお方。いわゆる、霞を食って生きて行ける存在ということを意味しているのでしょうか。そうではありません。イエス様は、7節、「水を飲ませて下さい。」そう、女性に願われました。イエス様は、水分が不足していれば、喉が渇き、食事を断っていれば、空腹を覚える。わたしたちと同じ人間となって下さったお方でした。だからこそ、この女性が辿って来た人生を理解することができたのでした(ヘブライ人への手紙4章14~16節)。
わたしの食べ物
では、イエス様が、「わたしにはあながたの知らない食べ物がある」とおっしゃり、「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである」とおっしゃった。それは、何を意味しているのでしょうか。イエス様は、消極的には、わたしたち人間と同じ弱さを負う者となって下さいました。とともに、イエス様は、積極的には、わたしたちに代わって、父なる神様のみこころに歩み、そのみこころを成し遂げる者となって下さった。それが、このイエス様のおことばということです。これが、今日覚えたい第二のことがらです。
参与
イエス様は、積極的には、わたしたちに代わって、父なる神様のみこころに歩み、そのみこころを成し遂げて下さいました。そのことを通して、義を獲得し、贈り物としてわたしたちに与えて下さった。それが、キリストの名による洗礼のときでした。わたしたちは、キリストの十字架の贖いによって、また、それを信じる信仰によって、義なる者とされました。そしてそれは、同時に、キリストのみわざに参与する者とされているのです。
(前川隆一牧師)