預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。 マタイ10章41節
マタイが、クリスチャンとして、わたしたちがどんな価値観をもって生きるようにと召されているのか。そのことを改めて語っている箇所です。
預言者
第一に、「預言者」ということが言われています(41)。神様からことばを預かって、それを人々に語る。それが、預言者です。そこには、多くの葛藤を経験します。「迷い」を経験します。ヨハネも「迷い」を経験しました(マタイ11章2~3節)。わたしたち人間は、人から相談を受けたとき、迷います。また、答えた後もまた、こう答えたけれど、これでよかったのだろうかと迷います。けれども、その迷いの中に人間としてのぬくもりがあるのです。真実があるのです。
小さな者
第二のこと、「小さな者」ということが言われています。わたしたちは、大きいことの反対の小さいこと、強いことの反対の弱いことに価値観を見いだして行くようにと召されています。世の中は、大きいことを求めます。強いことを求めます。また、速くするということを求めます。今の時代、すぐにということが求められます。そのことのたいせつな面もあります。けれども、それがすべてではないのです。わたしたち人間は、迷います。立ち止まります。一呼吸置こうとします。けれども、そこにも、たいせつなこと、人生の真実があるのです。
正しい者
第三に、わたしたちは、キリストに価値を見いだして行くようにと招かれています。「正しい者」ということが言われています。これは、キリストによって「正しい者」、「義なる者」としていただいた者。それが、ここで言われている「正しい者」、「義人」ということです。わたしたちは、自分の小ささ、弱さに突き当たる経験をします。そこで立ち止まります。けれども、そこに価値を見出してく。それは、キリストを信じる者にとって、そこでキリストと出会う機会とすることができるからです(Ⅱコリント12章9節)。
(前川隆一牧師)