わたしたちの主イエス・キリストの父である神、慈愛に満ちた父、慰めを豊かにくださる神がほめたたえられますように。神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。  コリント第二の手紙1章3~4節

 

ヘロデが、幼子イエスを殺してしまおうとしたこと。そして、結果的に、ベツレヘムの二歳以下の男子を皆殺しにしてしまったというできごとです。

ヘロデの罪

ヘロデという人物、彼は、矛盾に満ちた人物です。その最たること、それが、ユダヤ人がぜひ再建したいと願いつつかなわなかったエルサレムの神殿を再建したそのヘロデが、ユダヤの王としてお出でになったイエス様を殺そうとしたということです。そして、そのために、ベツレヘム中の二歳以下の男の子を抹殺してしまうという悲劇を起こしてしまったということです。ヘロデの罪、それは、自分の栄光を求め、それを妨げるものを抹殺してしまおうとした罪でした。では、それは、一人、ヘロデだけの現実なのでしょうか。そうではありません。それは、ユダヤ人たちの罪であり、キリストを信じる者とされたわたしたちの罪でもあるのです。

ベツレヘムの悲しみ

第二にベツレヘムの悲しみということに心を留めたいと思います。どうしてこんなことが、と思うようなことが起こります。神が愛というなら、どうしてこのようなことをゆるされるのか、と思うようなことが起こります。それに対する答え、それは、分からないということです。一足す一は二というように、わたしたちは、安易に答えを出そうとしない方がよいことがあるのです。ただ言えること、それは、クリスマスのできごと、それは、そのような悲しみに寄り添うように存在しているということです。イエス・キリストは、悲しみに寄り添って下さるお方です。そして、キリストに寄り添っていただいて、悲しみに寄り添う者となって行く。それが、キリスト者、クリスチャンの歩みなのです。

今日わたしたちは、ヘロデの罪は、わたしたちの罪でもあることを覚え、悔い改めたいと思います。とともに、キリストに寄り添っていただいて、悲しみに寄り添う者とならせていただきたいと願います。

(前川隆一牧師)

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