主イエス様がわたしたちに教えてくださった「主の祈り」の特徴は、「父よ」という親しい呼びかけの言葉です。天の御父に背を向けた放蕩息子のようなわたしたち罪人は、御父に向って「父よ」と呼ばわる資格はないはずです。しかし憐み深い御父はわたしたちを死と闇から救うために、御子を世にお遣わしになり、わたしたちに救いの道を開いてくださいました。御子の贖いの御業を信じる者は罪が赦され、永遠の命が与えられて、御国を受け継ぐ神の子とされます。

また「わたしたち」という言葉が繰り返されるのも、「主の祈り」の特徴です。わたしたち教会は、血縁でいえば他人同士のつながりですが、洗礼の恵みで聖徒の列に加えられ、聖霊によって結ばれた一つの神の家族です。毎週礼拝に集い「天にましますわれらの父よ」と、主の祈りを共に祈るわたしたちは、この世にあっても一つ、約束の御国でも一つです。

無理なお願いでも友達同士なら、執拗に頼めば聞いてもらえるというものです。御子の命と引き換えにわたしたちを救ってくださった御父なら、なおのこと、わたしたちの祈りを聞いてくださらないようなことがあるでしょうか、決してありません。天の父なる神様は、わたしたちが心を合わせて祈る祈りを、聞いてくださいます。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」(ルカ11章9節)

(河 尚志 師)