これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。
わたしは既に世に勝っている。               ヨハネによる福音書16章33節

ヨハネによる福音書13章の途中から始まったイエス様による弟子たちへの長い告別の説教の最後の部分です。

約束
第一に、約束ということが語られています。26節の前半で、「その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる」と言われています。約束、それは、わたしたちがイエス・キリストの名によって祈る者とされ、その祈りが父なる神様にきかれるという約束です。イエス様が父なる神様と親しくお語りになったように、それと同じように、父なる神様とある意味、友だちのように、親しく語り合うことができるということが約束されています。

覚悟
イエス様は、弟子たちに約束を与えるとともに、その約束の実現のために辿るべき道のりへの覚悟をこのとき固められました。第二に、このイエス様の覚悟ということに心を向けたいと思います。わたしたち人間の愛の限界、それは、「フィレオー」、友情、友愛までです。とてもとても、「アガペー」、無条件の愛、神の愛までは届かない。そのわたしたちのために、その間を埋めるために「アガペー」の愛で愛して下さった、それが、イエス・キリストの十字架のできごとでした。

励まし
イエス様が、「あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る」とおっしゃったことにより、弟子たちの間に動揺が広がります。その動揺する弟子たちに向かってイエス様は、励ましのことばをかけられました。第三に、イエス様が弟子たちに対して、そして、わたしたちに対して、語っておられる励ましのことばということです。クリスチャンとして歩むそれは、いつもいつも順風満帆ということではありません。信仰をもっていても、いろいろな試練に直面します。いや、信仰をもって歩もうとするが故の試練ということもあります。その試練の只中で、わたしたちは祈ることができるのです。

(前川隆一牧師)