それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。 Ⅰコリント13章13節
愛の章と呼ばれるコリント信徒への第一の手紙13章です。
愛の吟味
第一、「愛の吟味」ということ。ギリシャ語では、愛ということを表すことばが四つあります。それは、「アガペー」、「フィリア」、「エロス」、「ストルゲー」という四つのことばです。同じ「愛」ということでも、さまざまな種類、レベルがあるということです。けれども、日本語では、そのような区別はありません。ですから、そこで、誤解が起こる。まちがいが起こるのです。その「愛」がどのような意味での愛であるのか、わたしたちは、吟味する必要があります。
愛の実践
第二に、「愛」の実践ということ。4節から、その「アガペーの愛」がどのような愛であるかということが具体的に記されています。これらの愛の実践の勧めをどのようにまとめたらよいでしょうか。ある人が、「愛は動詞である」と言いました。これらのこと、それは、決して、説明ではなく、具体的なことであるということです。説明ではなく、そのように生きるようにと招かれている勧めであるということです。
愛の道
第三に、愛の道ということ。コリント信徒への第一の手紙12章31節で、「賜物」ということが言われ、それが、「道」と置き換えられています。ここで「賜物」と言われている、それは、この後の文脈から、「愛」であるということが分かります。けれども、「愛」それは、12章で言われている様々な賜物の一つのように、ある人にはあって、ある人にはなくてよいというようなものではありません。すべての賜物は、この「愛」という道を通ってはじめて、生かされて行くのです。そういう意味で、「道」ということが言われているということです。そして、「道」というとき、わたしたちは、イエス様からこの愛を受け取り、この愛に生きるようにと招かれているのです(ヨハネ14章6節)。
(前川隆一牧師)