新しく生まれる
ニコデモは、神を畏れる人でした。そのニコデモに対して、開口一番、イエス様がおっしゃった、それが、「新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」(ヨハネ3章3節)ということばでした。
実は、今日読まれた詩編もまた、神を畏れるということ、そして、神によって新しくされるということについて教えている詩編です。詩編29編10~11節、それは、あのノアの時代の大洪水のことを指しています。神様は、リセットなさる神様、新しくして下さる神様ということです。
洗礼
とは言え、神様が、ノアの大洪水を起こされた神様ということであれば、神様は、恐怖の対象となってしまうのではないでしょうか。聖書は、あのノアの大洪水のときに、その水の上に座しておられたお方が、わたしたちのために水の中に沈み込んで下さった、それが、イエス・キリストであると言っています。イエス・キリストは、その公生涯の初めに、洗礼をお受けになりました。洗礼、それは、十字架の死と復活ということを指し示しています。わたしたちが、キリストの名によって洗礼を受けるとき、キリストの死と復活と一つとされて、新たな神の子としての人生が始まって行くのです。それこそが、まさに、神のリセットのできごとなのです。
(前川隆一牧師)