「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。」 マタイ1章20節
マリアの夫であるヨセフの立場から見たクリスマス物語です。
神との出会い
ヨセフは、誠実で、しかもやさしい人でした。だからこそ、ヨセフの心の中は嵐のように怒りと悲しみと疑いとが渦巻いていました。けれども、第一に、そのような人間的に行き詰ったと思えるところで、ヨセフは、神との出会いを経験したのでした。わたしたちも、人間的には行き詰ったと思えるところで、神様との出会いを経験することができるのです。
上からの語りかけ
第二のこと。ヨセフは、人間的に行き詰ったと思えるところで、上からの語りかけを受けました。わたしたちも、ときに祈る気がしなくなってしまうということを経験します。神の臨在の実感が失せ、今まで信じていたことがおとぎ話のように思えるときがあります。そんなとき、上からの語りかけを受け取ることができるように、自分がたいせつにしている信仰生活のルーティーンをたいせつにすることが重要です。
神の協力者
そして、第三のこと。ヨセフは、上からの語りかけをいただいて、神の協力者となって行きました。ヨセフは、この後、マリアを受け入れ、ベツレヘムへと向かう旅路、マリアを守り、支える者となって行きます。また、ベツレヘムにおいて、マリアが無事出産することができるスペースを確保し、さらに、ヘロデ王の間の手から、マリアと生まれ出たイエスとを守ってエジプトへ、そして、ナザレへと帰って来るまで、身を挺して、マリアとイエスとを守り、支えて行く者となって行きます。ヨセフは、神のことばに聴いて従うとき、いかに神様が災いから守って下さるか、いかに正しい道に導いて下さるか、いかに必要を満たして下さるか。そのようなことを、経験して行ったのでした。
(前川隆一牧師)