ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアという婦人も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。
使徒16章14節
パウロが、トロアスで幻を見、その幻に従って、海を渡ったこと、そして、辿り着いたフィリピという町で福音を伝えたできごとが記されています。
確信
パウロは、「マケドニア人に福音を伝えるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至った」と言われていますが、どうして、そのような確信に至ったのでしょうか。その前に、パウロは、小アジアで福音を伝えようとしますが、どうして、神様は、その伝道の道を閉ざされたのでしょうか。それは、別の方法で、この地域に福音を伝えるご計画を持っておられたということでした。また、別の時を備えておられたということでした。そして、もう一つ言えること、それは、小アジアでの伝道の道がことごとく閉ざされた、それが、神様が「マケドニア」に召しておられるという召しの確信へとつながって行ったということでした。
リディア
そのようにして、パウロとその一行は、フィリピという町に導かれ、そこで出会った、それが、リディアという女性でした。彼女がどのような女性であったか、そのことを端的に表している、それが、15節のみことばです。「そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、『私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、わたしの家に来てお泊りください』と言って、わたしたちを招待し、無理に承知させた」。むかし、ヨシュアは、「わたしとわたしの家は主に仕えます」と言いましたが、リディアもそのような信仰を持った人でした。
心開かれて
では、そのパウロとリディアの出会いにおいて、神様はどのように働かれたのでしょうか。「主が彼女の心を開かれたので」と言われています(14)。先のリディアの言動、それは、主に心開かれて、彼女が語り、行動したことでした。わたしたちも、主に心開いていただき、いよいよ深く主の愛を知り、その愛にあふれて、奉仕し、あかしして行く者となって行くよう召されているのです。
(前川隆一牧師)