2026年04月05日(日)
=あなたが地上で喜んで生かされるために=
【要約】<福音書>ヨハネ20章1~31節
イエス様が復活された日の夕方、弟子たちは、次は自分たちが捕まって殺されるのではないかと恐れていました。
それで弟子たちは、一つの部屋に集まり、戸を閉めきってしっかりと鍵をかけたのです。その弟子たちの真ん中に、イエス様がすう~と入って来られた。弟子たちは喜びました。
十字架で確かに死んだイエス様が復活されたことは、弟子たちも必ず復活するからです。でも、その場にトマスはいなかった。
トマスがその部屋に戻ってきた時、弟子たちは言ったでしょう。「イエス様がここに来られたんだ。イエス様はよみがえられたんだ」と。
しかしトマスは言います。「私は、その手に釘の跡を見て、そこに指を入れ、脇腹の槍の跡に手を入れて見なければ、決して信じません」と。
世の人は、自分の目で見て納得することを要求します。トマスもそうだったのです。でも主は、あなたが納得することを求めておられません。主は、あなたが信じることを求めておられるのです。
トマスは、その部屋にいるすべての者が、「イエス様はよみがえられた」と言っているにも関わらず信じようとしなかった。
このことのゆえに、トマスは<疑い深いトマス>と言われます。トマスは、自分の心の部屋にもしっかりと鍵をかけていたのです。
一週間後の日曜日、同じ部屋に同じように弟子たちが集まっていました。トマスもそこにいました。そこに一週間前と同じように、イエス様がすう~と入って来られた。
イエス様はトマスに言われます。「あなたの指をここに当てなさい。手を伸ばして、わたしの脇腹の槍の跡に入れなさい」。
イエス様はトマスに「あなたの心の部屋の鍵を開けなさい。わたしを受け入れなさい」と言われたのです。だから続けて言われます。『信じない者ではなく、信じる者になりなさい』と。
また聖書はトマスを「デドモと呼ばれるトマス」と紹介しています。デドモとは“双子”という意味です。双子なので“もう一人のトマス”がどこかにいます。もう一人のトマス。それはあなたです。
かつてあなたは、人が「イエス様はあなたの罪を赦すために、十字架について死んでくださった」と言っても「私はそうは思わない」と言って信じなかった。
あなたは、心に鍵をかけ「ここは私の領域だ」と言って心を閉ざしている。そのようなあなたに、イエス様は言われます。「心を開けなさい。わたしはあなたの心の内に入りたい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」と。
またイエス様は、別のあなたにも言われます。「確かに、あなたはわたしを信じて受け入れた。でもあなたの心の奥の部屋にはまだ鍵がかかっている」と。
あなたはクリスチャンであっても、まだ心の奥底に“自分一人の部屋”を持っている。イエス様は「わたしはそこにも入りたい」と言われます。
なぜなら、あなたがマグダラのマリアが証言したこと、弟子たちが閉じられた部屋の中で経験したこと、あれほど疑い深いトマスが信じたことをしっかりと読むならば、あなたは「イエス様が神であり救い主キリストである」ことがはっきりと分かるからです。
そして、そのような者が、イエス様が復活されたように復活して、もう死ぬことのない<永遠のいのち>に生きるのです。
人は必ず死にます。しかしイエス様に心の中に入っていただいた者は、地上に生きている間から“永遠のいのちに生きる喜び”をもって活かされるのです。
それは、もう何の苦しみも悩みもない天の御国で、永遠に生きる確かな喜びをもって、この地上の生を生きることです。
「私はまだイエス様を心に迎えていない」という方は、是非イエス・キリストがあなたの罪からの救い主と信じていただきたい。
また「私はクリスチャンです」と言われる方は、あなたの奥の部屋の鍵を開いて、イエス様を心の奥底にまでお迎えください。
そうする時に、あなたの信仰生活はさらに祝福され<永遠のいのちの喜び>で満たされるものへと変えられるのです。