2026年07月29日(水)
<讃美歌>讃美歌374番「たよりまつる」
<聖書日課>マルコの福音書4章30~34節「神の国はどこにある?」
イエス様は、神の国を説明するのに”からし種”に例えられました。からし種は、最も小さいものの代表です。
それである人はこのたとえ話を、「小さい信仰でも、生きている信仰であれば、その人は祝福され、天の御国へ入れていただける」と解釈します。
それはそれで間違っていないと思います。でもそれが、ここでイエス様がおっしゃりたかったことでしょうか。
では”大きな信仰”とは、どのような信仰でしょうか。誰が”大きな信仰”を持っているのでしょうか。
すべての人は、小さな信仰しか持つことができないので、イエス様は神の国をからし種に例えられたのではないでしょうか。種は、自分で成長することはできません。
種が芽を出すためには、地に蒔かれ、水と養分が与えられなければ、成長して収穫の実を結ぶことができません。種は、すべてのものを与えられて成長します。
私たちの信仰も同じです。必要なものをすべて与えられて、私たちは信仰者として成長させていただくのです。
あなたの心に、福音の小さな種が蒔かれました。そして主が、みことばによって、他の人の振る舞いを通して、あなたはイエス様の愛を教えられて、信仰者として成長するのです。
そうしてあなたは、成熟した大きな信仰者とされ、他の人があなたとともにいて、安心と安らぎを感じるような者とされるのです。
地上に活かされている間、私たちは神の国と無関係に生きるのではありません。神の国はあなたとともにあって、あなたの心の内で成長して、あなたをイエス様に似る者と変えるのです。
私たちの心の内に芽生えた神の国。それは、今は小さなものかもしれませんが、あなたが、イエス様に忠実により頼むとき、大きな信仰の大木とされるのです。
その時を楽しみにして、今日も主にすべてを委ねて行かされたいと願っています。 アーメン