2026年08月26日(水)
<讃美歌>讃美歌14番「わが心は」
<聖書日課>マタイの福音書26章6~13節「最高の礼拝」
この女性はベタニアのマリアです。 マリアは、弟子たちよりもはるかに感受性の強い信仰者です。
イエス様が誰なのか正しく理解していたからこそ、マリアは非常に高価な香油をイエス様の頭に注ぐことができたのです。そしてイエス様も、マリアの信仰を喜ばれたからこそ彼女の油注ぎを喜んで受けられました。
しかし弟子たちは、マリアの行為をみて憤慨して「何のために、こんな無駄なことをするのか」とマリアを責めました。
マリアの心は、イエス様と非常に近かった。だからこそ、彼女はイエス様が救い主キリストであることを確信し、またイエス様の死が近いことを感じ取り、今、彼女のできる最高の礼拝をイエス様にささげたのです。
そのマリアの信仰を、弟子たちはまったく理解しませんでした。だからマリアの行為は、弟子たちには”無駄なこと”としか映らなかったのです。
おそらくマリアは泣いていたでしょう。その日までマリアはイエス様から多くの恵みを受けてきました。多くの話を聞きました。イエス様が何人もの人の病を癒すのを見ました。そして弟ラザロを生き返らせてもらったのです。
そのイエス様の死が近づいている。それでマリアの心は悲しみでいっぱいになった。 そのようなイエス様への感謝の想いと寂しさが、マリアに香油を注がせたのです。
あなたは、このマリアの行動をどのように受け止められますか。すばらしい信仰の現れだと思われますか。それとも弟子たちのように無駄だと思われますか。
もちろん「マリアの行いはすばらしい」と答えられるでしょう。 では、マリアのイエス様への最高の礼拝と、それを無駄なことと非難する弟子たち行動の違いはなぜ生じたのでしょうか。
マリアはイエス様に集中し、弟子たちは世のことに心を奪われていたからです。だから弟子たちは「その香油なら高く売れる」と叫ぶのです。 あなたはイエス様に最高の礼拝をささげたいと願われますか。
『神へのいけにえは、砕かれた霊。打たれ 砕かれた心。神よ あなたはそれを蔑まれません』(詩篇51:17) あなたの砕かれた心。それは罪を悔い改め、イエス様を罪からの救い主として信じる信仰です。
その信仰を持って主の前に出る時、それは、あなたの最高の礼拝として、主は受けてくださいます。 これからもあなたが、主に最高の礼拝をささげる信仰者として、主に従い続けられますように願っています。 アーメン