2026年09が通23日(水)
<讃美歌>讃美歌290番「ガリラヤの風」
<聖書日課>マタイの福音書18章1~5節「天の御国に入るために」
ある日、弟子たちがイエス様のところに来て、「天の御国では、いったいだれが一番偉いのですか」と尋ねました。それは、弟子たちが「人の上に立ちたい」との願いを持っていたからです。
弟子たちのことばに、イエス様は次のように答えられました。「向きを変えて子どもたちのようにならなければ、決して天の御国に入れません」と。このことばでイエス様は弟子たちに二つのことを教えられました。
一つは「イエス様の弟子であることは、天の御国に入ることを保証しない」ことです。
弟子たちは、自分たちはイエス様の弟子なので、天の御国に入るのは当然だと思っていましたが、イエス様は、「偉くなりたいと願う者は、この世の欲に心が奪われており、天の御国にはふさわしくない」と言われたのです。
もう一つは「心の向きを変えなければ、天の御国に入れない」ことです。
弟子たちの心は、「偉くなりたい」との世の評価に向けられていました。しかし神の評価に向けられた心は、自分の小ささを教えられ、決して「人よりも偉くなりたい」とは願わないのです。
私たちは、天の御国へ入るための唯一の条件は、「イエス様が、私の罪からの救い主と信じること」と教えられてきました。それはそれで正しいことです。
でも、イエス様が罪からの救い主と信じるとは、自分の罪の大きさを自覚して、謙虚になって主と向き合うことです。それはまさしく「心の向きを変える」ことに他なりません。
そしてそのような信仰者は、すべてを主に委ねるため、決して「人よりも偉くなりたい」とは願わないのです。
今日からの信仰生活においても、私たちは心をイエス・キリストに向け、謙虚になって主に従い続けたいものです。そのような者は、決して天の御国の恵みから漏れることはありません。
アーメン