2026年04月08日(水)
<讃美歌>讃美歌453番「栄あれ死に勝ちて」
<聖書日課>マタイの福音書28章1~10節「前から言っておられたとおりに」
イエス様の復活は、当然のことですが、四つの福音書すべてに記されています。もし福音書の中にイエス様の復活が記されていなかったら、それは福音書ではありません。福音の中心は、十字架の死と復活だからです。
しかしながら四つの福音書を読み比べますと、イエス様が復活された事実は共通していますが、その他の出来事の詳細は随分違っています。
それは、復活そのものがまったく信じがたい出来事であったため、さまざまな情報が錯綜し、弟子たちも非常に混乱していたためではないかと想像します。
その混乱の中にあっても福音書記者マタイは、冷静に一つのことばを書き記しました。それが6節の「前から言っておられたとおり」です。
マタイはこのことばで、二つのことを語っています。
一つは、イエス様が以前「自分は、十字架につけられて殺されるが、三日目によみがえる」(マタイ16:21)と言っておられたことです。
マタイもその時のイエス様のことばを聞いていたでしょう。でも言われた内容は、その時のマタイにとってはまったく考えられなかったのです。
もう一つは、救い主メシアは苦しめられて死に、その後よみがえることが聖書に預言されていることです。マタイも旧約聖書に「救い主メシアの苦難と復活」について書かれていることは知っていたでしょう。
でもマタイは、旧約聖書の救い主の姿と目の前のイエス様の姿はまったく別のものだったのです。 その別のものを一つにしたのが、イエス様の復活です。
イエス様の復活を確信したとき、マタイの中で、イエス様と救い主メシアが一つになったのです。
私たちも、何年も何十年も前からイエス様が何をされたか、何を語られたかを教えられてきました。
それは、人としてのイエス様のことばでしょうか。それとも神のひとり子(=神)としてのことばでしょうか。
あなたが、聖書のみことばを神のことばとして確信するならば、あなたの信仰生活はますます祝福されたものとされ、喜びと希望に満ちた生活へと変えられることでしょう。
これからも八鹿教会の皆様方が、みことばに信頼して歩まれますように願っております。
アーメン