2026年04月15日(水)

<讃美歌>讃美歌374番「たよりまつる」

<聖書日課>マタイの福音書12章38~42節「信仰者の在り方」

パリサイ人と律法学者は、「しるしを見せてください」と願いました。彼らが求めたしるしは、イエス様が神の権威を持つ方であるとのしるしです。

彼らは「あなたは神の権威を持っているように話すが、その証拠を見せて欲しい」と言ったのです。もちろんイエス様にとっては、彼らの要求に応えることは簡単なことだったでしょう。

でもイエス様は、「あなたがたは間違ったことを求めている」と諭されたのです。

彼らは、「しるしを見せてもらえば信じます」と言いたかったのでしょうが、そのことは、彼らが自分を納得させたいとの思いから出て来るものです。

イエス様は、人が納得することを求めておられません、信じることを求めておられるのです。

しかしそのようなことは、私たちも日常の信仰生活の中でつい口にすることではないでしょうか。それは私たちの「自分が満足したい」という自己中心的な心から出てくることばです。

だからイエス様はパリサイ人たちに「悪い、姦淫の時代はしるしをもとめます」と言われたのです。姦淫の時代とは、人々が真の神を求めずに、神以外のもの(世の富や名誉)を第一とする時代です。

パリサイ人たちは、自分たちが律法を厳格に守っている正しい者との”人からの評価”を求めたのです。

そうであるなら、いま何と多くの人々が、姦淫の時代を生きていることでしょうか。いま何と多くの人々が、イエス・キリストから心を背けているでしょうか。

ですからイエス様はそのような人々に向けて「ヨナのしるし」以外は与えられませんと言われます。

イエス様が死んで三日目によみがえられるからです。「南の女王」がソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たように、わたしの話を聞きなさいと言われます。

私たちは、イエス様が十字架について三日目によみがえられたことを知っています。イエス様の語られたみことばを、聖書の中で聞くことができます。

ですから私たちは、聖書のみことばに正しく聞くとき「イエス様が神である」ことが解るのです。「聖書のみことばから教えられる」。それが信仰者の正しい在り方です。

皆様方が、聖書のみことばから正しく教え続けられますように願っています。

アーメン