2026年04月29日(水)
<讃美歌>讃美歌423番「我がささぐる」
<聖書日課>マタイの福音書20章17~28節「仕える者になりなさい」
今イエス様と弟子たちは、エルサレムへ上る旅の途中です。このとき、イエス様の想いと弟子たちの願っていることとは、まったくかみ合っていません。
イエス様は、十字架について全人類の罪を赦すためにエルサレムへ向かっておられますが、弟子たちは、単に過ぎ越しの祭りを守るためにエルサレムへ行くとしか思っていないからです。
それでイエス様は、12弟子たちに語られました。「人の子は祭司長や律法学者たちに引き渡され、‥彼らは異邦人に引き渡します。十字架につけるためです。しかし人の子は三日目によみがえります」。
このことばでイエス様は、12弟子たちにご自身の十字架と復活について語られました。 しかし弟子たちは、そのことばの意味はまったく分かりませんでした。
彼らの心が、この世で偉くなりたい、他の人の上に立ちたいとの思いでいっぱいだったからです。世のことに心が奪われている者は、主の御心を理解することはできません。
そのような弟子たちに向かってイエス様は、「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい」と教えられました。
イエス様が言われる”偉さ”とは、神のご性質に最も似ていることを意味します。
イエス様が、「わたしは仕えられるためではなく、仕えるために来ました」と言われたのも、仕えることは、神のご性質そのものだからです。
そして神を知っている者は、謙虚な者とされ、結果として皆に仕える者と変えられるのです。
私たちも、主に仕える者として、主の栄光を現したいと願う者です。そのためにも、まず教会の中で互いが互いに仕え合うことも必要ではないでしょうか。
そうする時に、一人ひとりがイエス様に似る者として変えられ、八鹿教会の中に神の国がより堅固に建て上げられるのです。
アーメン