2026年05月06日(水)
<讃美歌>讃美歌331番「罪の深みに」
<聖書日課>マタイの福音書8章31~38節「キリストにある自由」
「真理はあなたがたを自由にします」。イエス様のこのことばを聞いていたユダヤ人たちは、「自由」ということばにつまずきました。
彼らはエルサレムの宮で語られたイエス様のことばを聞いて、イエス様を信じました。でもイエス様は、そのユダヤ人たちに「あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当に私の弟子です」と言われます。
つまり、「あなたがたは、わたしのことばにとどまっていない。だからあなたがたは、まだ罪の奴隷です」と言われたのです。だからイエス様は35節で「奴隷はいつまでも家にいるわけではありません」と言われます。
人を罪の奴隷から解放するのは、イエス様のことばであり、聖書のみことばです。アブラハムの子孫だからと言って、その者が神の家にとどまることはできません。
神の息子であるイエス様だけが、人を神の家に永遠にとどめる権威を持ち、彼だけがその人を本当の自由へ導けるのです。
私たちクリスチャンは、霊的なアブラハムの子孫です。その意味で、神の家にとどまっている者です。ですから私たちは、救われた瞬間に罪の支配から解放されました。それは、私たちの自由人としての身分です。
しかし私たちは、神のことばにとどまればとどまるほど、罪の力からの実際的な自由は深まるのです。 それは、私たちの自由人としての経験値の深まりです。
私たちはキリストによってすでに罪から解放された者です。 しかし、神のことばに深くとどまるほど、 その自由をより豊かに、より深く、より実際的に味わう者となります。
罪の奴隷ではなく、神の家に住む子どもとしての自由が、 日々の生活の中で広がっていくのです。
主は、あなたが自由人として、更に大きく羽ばたくことを期待しておられます。だからイエス様は「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(32節)と言われるのです。 真理とは、イエス・キリストです。
あなたが、みことばによって「私にとってイエス・キリストとはどのような方か」を深く教えられるとき、あなたは、日々の生活の中において、罪の束縛から完全に解放され、喜んで信仰生活を過ごす者とされるのです。
それが「キリストにある自由」です。これからも、主があなたを「罪から完全に解放された者」として導いてくださることを願っています。
アーメン