2026年10月14日(水)
<讃美歌>讃美歌424番「この世のつとめ」
<聖書日課>ヨハネの福音書6章25~35節「いのちのパン」
当時の人々はいつも飢えていました。生活は貧しく、毎日充分に食べることができなかったのでしょう。 それで人々は5,000人の給食の後、イエス様を追ってカペナウムの町までやって来ました。
それでイエス様は彼らの想いを知って言われました。「あなたがたがわたしを捜しているのは、‥パンを食べて満腹したからです」。
人は実生活における満足を求めがちです。でもそれは一時的な満足です。それでイエス様は言われます。「永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい」。(6章27節)
人にとって、その日のいのちのための食物を得ることは大切です。でもそれよりも必要なものは<永遠のいのちのための食物>です。
その日のパンは、食べればなくなります。それは一時的な満足を与えるにすぎません。
しかし<永遠のいのちのための食物>は、その人にもう空腹を覚えさせることもなく、喉の渇きを覚えさせることもないからです。
イエス様は言われます。「わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇く乾くことがありません」。(6章35節)
そうです、心からイエス様を”救い主”と信じる者は、その心の奥底から喜びが湧き起ります。喜びのあるところに、不平不満はありません。空腹も喉の渇きもありません。
不平不満は、その者の心を貧しくします。心からの喜びは、その者の心に満足を与えます。
私たちは、いのちのパンであるイエス様から<永遠のいのちの喜び>をいただくために、これからもイエス様とともに歩む信仰生活を続けたいものです。
皆様方の日々の信仰の歩みが、更なる喜びで満たされますように祈っております。
アーメン