
=あなたが平安な信仰生活を歩むために=
<使徒書>使徒の働き2章1~21節
人は、助け主である聖霊によって力を着せられなければ、弟子は弟子であり続けることはできないし、新たな弟子を生み出すこともできません。
そのために五旬節の日に一つの家に集まっている弟子たちに聖霊が注がれたのです。
この聖霊降臨の出来事は、私たちに四つのことを教えます。
一つ目は、キリストの十字架と復活の一連の贖いのわざの完了です。イエス様は、十字架上の血により人の罪を贖い、復活により人に天国の希望を与え、聖霊を与えることにより、人に福音宣教の力を与えられたのです。
二つ目は、弟子たちによる新たな霊的刈り入れの時代が始まったことです。この後、弟子たちが世界に出て行って新たな魂を獲得する時代になりました。
三つ目は、ヨエルの預言に基づいてペンテコステの出来事が起きたことです。ペテロは、聖霊を注がれた弟子たちが他国のことばで話し出したことは、聖書の預言によるものであると語り神様をほめたたえました。
四つ目は、「ヨエルの預言は、今も続いている」ことです。聖霊が注がれることは、これからもイエス・キリストを信じる者たちにも起こるのです。
事実、私たちは、今の時代にもイエス・キリストを信じて洗礼を受ける者には、聖霊が与えられることを経験として知っています。
今は、特異な現象は起こりませんが、パウロは「聖霊によらなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません」と言っています。(Ⅰコリント12章3節)
神の聖霊は、今も主を信じる者の上に注がれているのです。
またペテロは言いました「青年は幻を見、老人は夢を見る」と。クリスチャンとは<神の大きなみわざを夢見る者>です。あなたが見る夢。
それは、あなたの夫/妻/子どもたち、また他のかけがえのない方々の救いと永遠のいのちではありませんか。
人は、その心の内に神の聖霊が住んでいると知った時、心に平安を覚え、本当に強くされます。
そしてその者が、神様の大きなみわざを語り続け、新たな<平安な魂を刈り入れる者>とされるのです。
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