<讃美歌>讃美歌277番「栄えに輝く」

<聖書日課>ヨシュア3章1~17節「神の契約」

エジプトを出たイスラエルの民は、40年間の荒野での放浪生活を終え、いよいよ約束の地(カナンの地)へ入るためにヨルダン川まで来ました。

ヨルダン川には水がとうとうと流れており、誰もその流れに逆らって川を渡ることはできないように思えました。

しかし、神はイスラエルの人々を約束の地へ導くために、一つの方法を示してくださいました。

主の契約の箱を担ぐ祭司たちが先頭に立って川の中に入ると、その時川の水は上流でせき止められ、イスラエルの民は、かわいた地を渡って約束の地へ入ったのです。

しかし、もし神の約束を信ぜず、せき止められている川の水が押し寄せて来るのを恐れて渡らないのであれば、その者は決して約束の地へ入ることはできません。

これは、神が私たちを天の御国へ導き入れるために準備してくださった恵みの型です。

私たちは、自分の力で約束の地(天の御国)へ入ろうとしても入ることはできません。

私たちの前には、罪が大河の流れのように横たわっており、誰もその罪の流れに逆らって進むことはできないからです。

しかし、神はそのような私たちと契約を結んでくださいました。

神の一人子を十字架の上で血を流させ、すべての人の罪を贖ってくださったのです。そのため、神はイエス・キリストの契約の血により、目の前に横たわる罪の川の流れをせき止めてくださったのです。

イエス様は、今も私たちの罪の流れの中に立っていてくださり、その流れをせき止めてくださっています。

それで私たちは、あたかも罪の流れがなかったかのように、約束の地(天の御国)へ入ることができるのです。

しかしもし私たちが、イエス・キリストの契約を信じないで、せき止められた罪の流れを見ようとしないなら、その者は決して天の御国には入れないのです。

人が天の御国へ入るか入らないかは、その者がイエス・キリストの罪の赦しの契約を信じるか信じないかによっています。

今、私たちは、イエス・キリストの契約を信じつつ、罪赦された者として約束の地に向かって歩んでいます。

4月9日はイースターでしたが、私たちはこの世の川を渡り終えた時、約束の地においての復活を楽しみにして、遣わされた所、イエス様の契約を信じて、喜んで歩ませていただきましょう。

アーメン

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