マタイの福音書18章15~20節

新学期を迎えるこの時期、学校の人間関係に悩み、「学校に行きたくない」と感じる子が多くいます。それは大人も同様です。もし人と人とが互いに思いやりを持ち、みんなが仲良く過ごせたら、学校も職場もどんなに素晴らしい場所になるでしょうか?しかし現実がそうではない原因は、すべての人が罪 (SIN)を持っており、常に「自分(I)」を真ん中において生きているからです。
聖書は、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」と教えています。神様が人間に命じた十戒(「殺してはならない」「姦淫してはならない」など)は、すべてこの「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」という言葉に要約されます(ローマ13:9)。十戒は私たちを縛り、不自由にするためのルールではありません。神様が私たち人間を深く愛し、その安全といのちを守り、最高の人生を与えるために与えてくださったものです。この十戒を無視する生き方こそ私たちを不自由にし、最終的に「死」をもたらします。
しかし私たち人間は、罪(SIN)があるために、どうしても隣人を自分のように愛することができません。そんな私たちのために、神の御子イエス様が私たちの罪を背負って身代わりに十字架で死んでくださり、よみがえられました。このイエス様を救い主と信じる人は、「主イエス・キリストを着た」人です(ローマ13:14)。内側は罪で汚れていても、イエス様を着ていますから、義なる者、聖なる者として神様に認められます。そればかりか、中身も本当に変えられていきます。内なる聖霊様の働きによって、少しずつイエス様に似た者となっていくのです。しかしそのためには教会の交わりに加わり、共に聖書を読んだり、賛美歌を歌ったり、お祈りをしたりすることが大切です。
かつて泥棒や嘘を繰り返していた不良少年ジョージ・ミュラーは、16歳で刑務所に入れられたような人でしたが、ある日、教会の「家庭集会」に出席し、その温かい交わりに感動します。やがて彼はイエス様を信じ、全く新しい人に変えられます。牧師となり、孤児院の運営者として、生涯で多くの孤児を養いました。イエス様はどのような人であっても必ず変えてくださいます。「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいる」とイエス様はおっしゃいました(マタイ18:20)。だからこれからもイエス様のみ名のもとに集まり、御言葉を聞き、共に祈り合いましょう。こうして主イエス・キリストを着ましょう。そうすれば少しずつ、隣人を自分のように愛する者に変えられていき、あなたの家庭も、学校も、職場も、周りの人々も、だんだん変えられて行くことでしょう。これこそ、最高の人生の送り方なのです。(永田 令牧師)