=あなたが正しい道を歩み続けるために=

<福音書>ヨハネの福音書14114

弟子たちはイエス様が「わたしの行く所について来ることができない」と言われたので心を騒がしている。

しかしイエス様は「父なる神とわたしを信じている者は、心を騒がす必要はない」と言われます。それは、天の御国にはすべての人のために心休まる処が用意されているからです。

では何故イエス様が、先にそこへ行かなければならないのか。それは、誰もそこに行く道を知らないからです。イエス様が先に行かなければ、誰一人としてそこに行きつくことができないからです。

だからイエス・キリストが十字架につかなければならなかった。イエス様が、あなたの住まいを備えるために行かれる所、そこは十字架の上です

『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません』(6節)。

ここでイエス様は「わたしだけが天の御国へと通じる道だ」と言われています。

イエス・キリストの道。それはまさしく十字架の道です。「あなたが、何が真理なのか、何が永遠のいのちなのかを知るために、わたしは十字架の道を進むのだ」と主は言われる。

すべての人にとっての人生の最終目標は、父なる神のみもとに通じる道を見い出すことです。

人は、神が見えないために心を騒がせ、恐れを感じるのです。

イエス様は言われます。「わたしを見た者は、父を見たのです」と。弟子たちは、何も心を騒がす必要はなかった。ただ信頼して、イエス様について行けばよかった。

私たちも様々な世の喧騒の中に置かれています。しかしクリスチャンは、何も心を騒がす必要はありません。

私たちこそ、聖霊の助けにより、イエス様を通して父なる神を見る者だからです。そこに平安を見い出す者だからです。

私たちはこれまで通り、みことばから教えられ、イエス様に従う道を歩めばよいのです。イエス様はご自身に従う者を“大きなわざ”を行う者と変えてくださいます。

私たちが、イエス様から目を離さず<永遠のいのちへの道>を力強く歩むとき、あなたを見る誰かが同じ道を歩み出すのです。

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