
=あなたが神とともに歩むために=
<福音書>マタイの福音書1章18~25節
マリヤが身重になったことで、ヨセフは恐れました。それで神のご介入により、神により頼んで平安をいただく決心をしたのです。ヨセフは神の平安に期待しました。
人は、問題に直面した時、自分の力に頼って解決しようと試みた時に不安に陥り、神がともに働いて下さることを教えられたとき平安が与えられます。
しかし神が与える平安は、すべてを神に委ね切る平安です。
さて、ヨセフは幼子の名前を「イエスとつけなさい」と言われました。“イエス”という名前をヘブル語に置き換えると“ヨシュア”になります。
イスラエルの民はヨシュアに導かれて約束の地カナンへ入りました。旧約のヨシュアは、神の民を約束の地に導きましたが、新約のイエスは、ご自分の民を罪から救い出し天の御国へと導き入れるのです。
さて23節に「その名はインマヌエルと呼ばれる」とあります。インマヌエルとは「神は私たちとともにおられる」との意味です。
この後、マリヤが産む幼子イエスはインマヌエルの神として常に人とともにおられたのです。それは神が、すべての人を天の御国へ導きたいとの願いを持っておられるからです。
しかし、そのご計画は人の側の服従と協力なしには遂行されません。人の最大の幸せは、すぐ側におられる神が分かることです。神様はその者を祝福され、ご計画を遂行するために用いられます。
逆に人の最大の悲劇は、神の存在に気がつかず、不従順により神のみ旨の遂行を不可能にして祝福を喪失することです。ヨセフも服従によって、神の計画を達成するために用いられたのです。
主は、あなたにも計画を持っておられます。主は、それにより父なる神の栄光を現わされます。
そのために無くてはならないものがあなたの服従であり、それはあなたが、ともにおられるインマヌエルの神に気がつくかどうかにかかっているのです。
そして主もあなたに懇願しておられる。「どうか、あなたのそばにいるインマヌエルの神に気がついてください」と。
あなたがご自分の周りを見回し、インマヌエルの神に気が付くとき、あなたは神がともにおられる真の平安を獲得するのです。
Write a comment: