
<讃美歌>讃美歌373番「イエスこそ わが君」
<聖書日課>ルカ11章29~32節「神のことばを待ち望む」
イエス様は、人の知恵をはるかに超えた方法で(神の知恵を用いて)地上に来られました。
そのイエス様は、不思議なわざをも用いられましたが、地上で福音を広める方法の主な手段はことばでした。
しかし人はことばよりも、目で見るものにより興味を注がれます。イエス様の時代には、福音を聞いていても、しるし(奇蹟)を求める者が多くいました。
それは今の21世紀の時代も同じです。
イエス様は、そのような時代を「悪い時代だ」(29節)と言われます。
そのような時代に向かってイエス様は、「ヨナがニネベの人々のために、しるしとなったように、人の子がこの時代のために、しるしとなる」以外には”しるし(奇蹟)”は与えられないと言われます。
ヨナは、三日三晩、魚の腹の中にいてまた地上に戻ってきますが、イエス様は十字架で死んで三日目に墓から出て復活されたのです。
それから2000年経った今の時代でも、”悪い時代”は続いており、相変わらず人々はしるしを求めています。
しかし、もうしるしは与えられません。なぜなら、しるしにまさるものがあるからです。
南の女王(シェバの女王)は、ソロモンの知恵を聞くためにエルサレムまでやって来ましたが、ソロモンの知恵が想像以上であったのを驚きました。(Ⅰ列王記10章1~13節)
ニネベの人々は偶像に仕えていましたが、ヨナの説教を聞いて悔い改めました。(ヨナ書3章)
そこでイエス様は言われます。『ここにソロモンにまさるものがあります』、『ここにヨナにまさるものがあります』。(新改訳2017年版)
イエス様のことばは、神のことばであり、ソロモンの知恵よりも、ヨナの説教にまさるものです。
そうです!! 私たちが手にしている聖書のことばは、神様のことばであり、ソロモンの知恵よりもヨナの説教よりも優れたものです。
イエス様は、私たちに言われます。「この聖書のみことばを見なさい」と。(31,32節)
今、私たちが待ち望むべきものの一つは、神のみことばが私たちの心の中に入って、私たちがそのみ言葉に生かされる者となることです。
世の中は、クリスマス商戦で華やかになり、人々の目もそのような世のしるしに注がれていますが、私たちクリスチャンは、神様のことばに聞いて待降節の時を、希望をもって過ごしたいものです。
2021年の待降節が、皆様方にとって恵み豊かな時となりますように祈っております。
アーメン
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