<讃美歌>讃美歌370番「しずけき祈りの」 

<聖書日課>ヨハネ16章25~33節「祈りのうちにある平安」

 ヨハネの福音書16章25~33節は、13章~17章に亘って記されているイエス様の告別説教の最後の部分です。(17章はイエス様の祈りになっている)

イエス様は、弟子たちへの最後のことばとして、”祈り”について教えられました。

26節の「その日には、あなたがたはわたしの名によって求めるのです」の”その日”は、弟子たちに聖霊が与えられる日です。

今、クリスチャンである私たちは、聖霊の助けによって、イエス様の名によって、父なる神様に直接祈ることができます。

それは、私たちが「イエス様は父なる神様から遣わされた方である」と信じているので、そのことによって、神様が私たちを愛していてくださるからです。

神様が私たちを愛していてくださっている以上、私たちは、「御心にかなう祈りは必ず聞かれる」ことを確信することができます。

Ⅰヨハネ5章14節にも『何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です』と記されているからです。

弟子たちは、イエス様の告別説教を聞いた後、「私たちはあなたが神から来られたことを信じます」(30節)と告白しますが、その弟子たちも、イエス様が逮捕される時は恐れを感じて逃げてしまいました。

21世紀を生きる私たちも、信仰生活の中で恐れや不安を感じることがあります。

それは、信仰者であっても人間的な弱さを依然として持っているからです。

しかしそのような私たちであっても、イエス様は『勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです』(33節)と言ってくださいます。

イエス様は、私の弱さ(罪)を赦すために、十字架について血を流してくださったからです。

それ故、私たちクリスチャンはイエス様を信じる信仰のゆえに、平安を持つことができるのです。

全知全能の神様が、「わたしは、あなたを愛している」と言ってくださっているいじょう、私たちは何を心配する必要があるでしょうか。

今日も、私たちは神様に祈ろうではありませんか。私たちを愛してくださっている神様は、あなたが祈るのを待っておられる。そして、その祈りによって<信仰生活の素晴らしい平安>をいただきましょう。

あなたの日々の生活の中に、主にある平安が増し加えられますように。

アーメン

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