
2025年07月23日(水)
<讃美歌>讃美歌239番「人となりたる 神のことば」
<聖書日課>ヨハネの福音書6章41~51節「生けるパン」
生けるパンとは、人に永遠のいのちを与えるパンです。人は生けるパンを食べなければ、永遠に生きることはできません。イエス様は人々に「わたしは天から下って来た生けるパンです」と言われました。
そのイエス様のことばにユダヤ人たちは「あれは、ヨセフの子イエスではないか」とつぶやきました。 このことばには棘があります。その棘は不信仰の棘であり、後にいばらの冠となってイエス様の頭から血を流させるのです。
「つぶやき」は不信仰の表れであり、神の導きや啓示に対する拒否反応です。それでイエス様は、「小声で文句を言うのはやめなさい」と言われます。小声での文句はつぶやきです。
小声で文句をいうことは、心に疑念や不満を育て、その人の霊的な病や信仰の停滞へと導くのです。 ここでイエス様は、ユダヤ人たちに「心の姿勢を改めなさい」と言っておられます。
この直前、イエス様は5,000人の給食の奇跡をおこなわれました。5つのパンと2匹の魚で5,000人もの人たちを満腹にされたのです。それによって、イエス様はご自分が神の力を持っておられることを教えられたのです。
その偉大な奇跡を目の当たりにしておきながら、ユダヤ人たちは「わたしは天から下って来た生けるパンです」とのイエス様のことばを否定したのです。
この世のパンは人々の肉の糧となりますが、天から下って来たパンは人々の心の糧となり、その人の心に信仰を育てるのです。ですから、それを食べる者は死ぬことがなく永遠のいのちが与えられるのです。
私たちは毎日「生けるパン」を食べているでしょうか? 私たちにとっての「生けるパン」。それは聖書のみことばです。
私たちは毎日、からだのために肉のパンを食べますが、信仰を育てるために聖書のみことばを食べなければなりません。
私たちは今日まで、聖書のみことばによって信仰者として生かされてきました。信仰者としての成長には限界はありません。
これからも私たちは、一人のクリスチャンとして、また教会全体として「生けるパン」を食べ続け、地上にあっても永遠のいのちに生きる者として主に仕え続けたいと願っています。
これからの皆様方の信仰生活の上に、主の恵みが豊かでありますように願っております。
アーメン