
<讃美歌>讃美歌374番「たよりまつる わが主よ」
<聖書日課>マタイ9章14~17「新しい命に生きる」
私たちクリスチャンは、新しい命に生かされている者です。
信仰を持つ以前の私たちは、自分の価値観や社会の常識といったものに何となく従っていました。イエス様はそのような私たちを、真のいのちに生きる者と変えてくださいました。
イエス様は、パリサイ人たちとよく論争をされました。パリサイ人たちは、イエス様の生き方に納得できず、いろいろな論争を持ち込みました。
11節でも彼らは『なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか』と弟子たちに言っています。
しかし、イエス様の生き方を理解できなかったのは、パリサイ人たちだけではありません。バプテスマのヨハネの弟子たちも理解できなかったのです。
それで、ヨハネの弟子たちは、イエス様に『なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか』と質問したのです。その質問にイエス様は、三つのたとえを用いて答えられました。
当時の婚礼は一週間ほど続きます。その間、花婿の友達は断食を免除されます。
古い布切れは、もうそれ以上縮むことはありませんが、そこに新しい布切れを当てると、古い布切れは引き裂かれてしまいます。
旧い皮袋は、弾力性のなくなった袋です。そこに発酵力の強いぶどう酒を入れると、旧い皮袋は発酵の力に耐えきれず、破裂してしまいます。
イエス様は、この三つのたとえ話で、今は新しい時代に入ったことを教えられました。
ユダヤ教の教えは、努力して律法を守る時代です。しかし、人の努力には限界があります。そのため、イエス様が来られて福音を宣べ伝えられているのです。
新しい時代は、救い主を信じて神にゆだねる時代です。新しい教えの時代になったために、古い教えは捨てられなければならないのです。
私たちは、依然として古い考え方に固執していないでしょうか?
古い因習やしきたり、また自分自身の理解力といったものに振り回されて、新しい信仰と赦しの時代をまったく自分のものとすることにためらいを感じることはないでしょうか。
イエス・キリストの福音は、新しい生活態度、様式という新しい皮袋を必要とするのです。
イエス・キリストの新しい生命力に触れたクリスチャンは、新しい生命力を持った者としてつくり変えられたのです。
私たちはそのことを感謝しつつ、新しい命に生かされている者として、喜んで主に従い続けましょう。それが、新しい命に生きる信仰者の姿です。
アーメン
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