2026年11月04日(水)

<讃美歌>讃美歌346番「はかりも知られぬ」

<聖書日課>マタイの福音書15章1~9節「信仰者の喜び」

パリサイ人や律法学者が、エルサレムからガリラヤにおられるイエス様のところにやって来ました。

イエス様が「5,000人の給食」の偉大な奇跡を行われ、民衆の間でイエス様への関心が一気に増大したからです。彼らは弟子たちの些細な落ち度を取り上げて、イエス様の権威そのものを問題にしようとしました。

彼らは「あなたは自分を神の子と言うが、あなたの弟子たちは長老たちの言い伝えを守っていない」と言います。

それに対してイエス様は「あなたがたこそ、自分たちの言伝えを神の命令よりも大切にしている」と言って、「あなたがたこそ偽善者だ」と反論されました。

偽善者とは、神のみこころよりも自分の考えや伝統を優先しながら、なお自分は正しいと思っている者です。そのような者は、常に自分と誰かを比較して「私はあの人よりは正しい」と言います。

しかし信仰は、神とその者の一対一の関係です。 神を前にして、人は誰も「私は正しい者です」と言うことはできません。 神は絶対的に正しい方だからです。

でも私たちの信仰生活に小さな偽善は紛れ込んでいないでしょうか。私たちは、よく他の人の言動を批判します。そこには「自分は正しい」との思いが潜んでいます。

イエス様はパリサイ人たちに「人を批判する前に、あなたがたは神をしっかりと見なさい」と言っておられます。 神を見つめる者は、人を見下して非難するのではなく、愛をもって勧めます。

私たちももっと主なる神を、イエス・キリストを見つめようではありませんか。そのとき、人は自分の神の前での小ささを教えられるとともに、神とともに過ごすすばらしさを教えられます。

パリサイ人たちは、人と比べながら自分の正しさを証明しようとしました。しかしそのような生き方に平安はありません。

けれども私たちは、イエス・キリストによって受け入れられています。 だから人と比べる必要も、自分を飾る必要もありません。ただ神を見上げて歩めばそれでよいのです。そこに「信仰者の喜び」があります。

皆様方が「信仰者の喜び」を感じながら、日々の信仰生活を過ごされますように願っております。