2026年10月25日(日)

=あなたが信仰によって歩み続けるために=

【要約】<旧約>民数記13章1~3, 17~33節

Ⅰ、荒野での二年間の恵み : イスラエルの民はエジプトを出て二年、人々は主から大きな恵みを受けてきました。「主がともに居てくださる」。人にとってこれ以上の恵みはありません。

しかし民は、自分たちの目で約束の地を確かめたいと願いました。それで主はモーセに命じて、12人を選んで約束の地を偵察させられたのです。この12人の偵察隊の派遣は、民の不信の結果でした。

Ⅱ、約束の地の偵察 : モーセは12人に調べる内容を具体的に命じています。住んでいる人々は強いか弱いか、少ないか多いか。土地は肥えているか痩せているか。町々はどうか、城壁で囲まれているか。12人は40日間カナンの地を巡り歩きました。

Ⅲ、カナンの地の偵察の目的 : 主は、なぜイスラエルの人々がカナンの地を偵察するのを許されたのでしょうか。 二つの理由を見出します。

一つは、「カナンの地が本当に良い地であることを見せるため」にです。カナンの地は「乳と蜜の流れる地」です。主は、約束の確かさを目で確認させてくださいました。

もう一つは、「自分たちの力では、約束の地に入れないことを悟らせるため」にです。12人は報告しました。「カナンの地の人々は、私たちよりも大きく、また彼らの町は大きな城壁に囲まれている」と。

それはイスラエルの民に「主がともに戦われるのでなければ約束の地に入れない」という<信仰の学びのため>でした。

イスラエルの民は恐れました。目に見える現実を、主の約束よりも大きく感じたからです。肉の目は“現実”を見ますが、信仰の目は“約束”を見るのです。

Ⅳ、主は“信頼”を求められる : 主は「恐れではなく、信頼によって踏み出す民」を求めておられます。

私たちも“約束の地”を前にして福音宣教に恐れを感じることがあります。現実を見れば足はすくみます。でもあなたが戦うのではない、主がともに戦ってくださる。あなたに求められるのは、主に信頼して歩むことです。

Ⅴ、今日までの八鹿教会に与えられた宣教の実 : 私たち夫婦にとって、八鹿の地は“カナンの地”でした。

この八年前、主は少ない教会員を励ましてくださいました。雰囲気は明るくなり、礼拝出席者も20名を超える人々が集ます。私たちは<主の導きの確かさ>をここに見ます。

Ⅵ、八鹿教会を恐れさせるものは何か : イスラエルの民は、約束の地には巨人が住んでおり、町の城壁が高いことを恐れました。それは“新たな恵みの実”を獲得するための障害となりました。

では私たちが“新たな恵みの実”を獲得するための障害は何でしょうか。

・恵みが“当たり前”になることです。いま与えられている恵みは、主の憐れみによるものです。感謝を忘れてはなりません。

・主の導きよりも「現実の不安」が大きく見えることです。信仰者であっても不安は襲ってきます。健康の不安/経済的な不安/将来の不安等です。

心の目に“現実の不安”が主の恵みよりも大きなものとして映ったとき、あなたの信仰の足は、次の一歩を踏み出せなくなってしまいます。

・私たち自身の弱さへの不安です。あなたが主の恵みを受けるのは、あなたが強い信仰者だからではありません。誰も完璧な者はいません。

・今の八鹿教会には、牧師交代への恐れがあります。牧師が変わっても、主は変わりません。恐れや不安は不信仰から出ます。そして不信仰は主の怒りを招くのです。

Ⅶ、これからの八鹿教会の信仰の歩み : 八鹿教会の目の前にも“巨人”や“城壁”が立ちはだかっています。

もし私たちが、恵みへの感謝を忘れ、自分の弱さを見つめたとき、私たちの前に立ちはだかる“巨人”はますます大きくなり、“城壁”はますます高くなります。

あなたが立派な信仰者だから教会が祝福されるのではありません。主が教会を喜んでくださるから祝福されるのです。

主はカレブについて「カレブは、ほかの者とは違った霊を持って、わたしに従い通した」と評価されました。主はあなたにも「この世の人々とは違う“別の霊”を持ってわたしに従いなさい」と語っておられます。

世の人々とは違う別の霊とは<主の約束を見る霊>です。 八鹿教会が、主の約束を見続ける霊を持つなら、主は私たちを更なる信仰の高みへと導いてくださいます。