2026年10月21日(水)
<讃美歌>讃美歌394番「主よ終わりまで」
<聖書日課>マタイの福音書17章22~27節「主にある自由」
イエス様は、神の子として神へ支払う「神殿税」を納める必要はありません。しかしイエス様は、謙虚になって「それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい」(27節)と言われました。
それは、神の子であるイエス様が本来支払う義務のない「罪の代償」を十字架で支払ってくださったことを表わしています。 そのために、私たちは主の前で自由に生きることができます。
そうであるなら、イエス様に倣う者として、私たちも置かれた所で主の前に謙虚な者として、喜んで生きなければなりません。
イエス様は、27節で「あの人たちをつまずかせないために」と言われました。これは、社会に迎合するのではなく、その人たちを主に導くために語られていることばです。
私たちも、遣わされた場所で主にあるものとして、主を意識してへりくだり、日々の信仰生活を過ごさせていただきましょう。 それが、私たちの「主にある自由」な生活です。