2026年09月13日(日)
=あなたが信仰の戦いに勝利するために=
【要約】<旧約>出エジプト記14章1~28節
Ⅰ、民の恐れ(過去への回帰) : 主は、イスラエルの民を海に面した場所に宿営させ、追って来たエジプトの軍勢が追いつくようにされた。イスラエルの民は恐れました。それで不平が口をついて出てきました。
『この荒野で死ぬよりは、エジプトに仕えるほうがよかったのだ』(14章11,12節) 聖書はそのような「すぐに反抗的になる人々」のことを<うなじを固くする民>と呼びます。
では私たちはどうか。私たちは受洗するとき「私は誠実な信仰生活を送ります」と誓約しました。今あなたは、世の誘惑に引き戻されることはないでしょうか。
Ⅱ、モーセの宣言(主の戦いを見るように) : モーセは民に言います「恐れてはならない。しっかり立って、今日あなたがたのために行われる主の救いを見なさい」(13節)。
このことばは<信仰生活の三つの姿勢>を教えます。「恐れないこと」、「しっかり立つこと」、そして「見ること」です。
・「恐れないこと」。あなたは身近な人に福音を伝えたとき「ちょっと気まずくならないか」と恐れていませんか。
パウロは言います。『私は福音を恥としません。福音は、‥信じるすべての人に救いをもたらす神の力です』。(ローマ1章16節) 私たちが恐れるべきは、“人の評価”ではなく“神の評価”です。
・二つ目は「立つこと」です。 「立ちなさい」とのことばは私たちに二つのことを勧めます。一つは、しっかりとした土台の上に立つことです。
信仰者の家庭にも、いろんな嵐が吹き荒れます。身近な者が病で倒れる。経済的な不安で先が見えなくなる。そのような嵐の中にあっても「しっかり立って」主を見上げることができるのは幸いです。
もう一つは「出て行くこと」です。信仰者は、出て行くために立ち上がるのです。ここで私たちは、出て行って福音を語ることを勧められています。
イエス様は言われます。『あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい』。(マタイ28章19節) 主は、福音の種を蒔くために世に出て行く者とともにおられ、豊かな実を刈り取らせてくださいます。
・最後の三つ目「見ること」です。世の勢力は、あなたに病の辛さ/経済的な現実/年齢による衰えを見させて、あなたを不安に陥れようとします。
世的な力を恐れず、みことばの上にしっかりと立ち、イエス・キリストが私のために何をしてくださったのかを見る。それは、主への信頼そのものです。
Ⅲ、主の命令(叫ばずに前進せよ) : 主はモーセに言われます。15節「なぜ、あなたはわたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの子らに、前進するように言え」。
人は現実のさまざまな問題を見つめ過ぎると、何をすればよいのか分からなくなり、現状に対する恐れの叫びしか出て来なくなります。
そのような状況は、信仰的には“立ち止まる”ことです。主のご命令は、「立ち止まるな、前進しなさい」です。
現実の不安の壁は、私たちが歩もうとしている道の両側に高くそびえ立ち、今にも崩れ落ちてくるように見えても、主は私たちに「わたしを信頼して祈り、前進しなさい」と語られるのです。
そしてそれが主の命令である限り、あなたがその道を歩み終えるまで、“不安の壁”があなたの上に崩れ落ちることはありません。
Ⅳ、主の戦い(海を分け、敵を沈める) : 主の命令は「海に向かって進め」です。道のない処へ歩み出すには勇気が必要です。信仰者は、その勇気を“主への信頼”から受け取ります。
困難な状況を支配されるのは主です。あなたは、主を信頼して前進するだけです。そうする時に、あなたは“主の栄光”を現わさせていただくのです。
あるはずのない処、海の真ん中に、主が道を備えてくださいました。その道は主の栄光を現わす道です。だから、その道を通った百数十万のイスラエルの民は、一人も滅びることはなかった。それは“信仰の戦い”でした。
Ⅴ、民の信仰成長(主を恐れ、信じた) : 信仰の戦いは、信仰者の生涯には必ず起きます。主が起こされるからです。
でも恐れないでいただきたい。あなたは“信仰の戦い”に勝利するのです。あなたが戦うのではなく、主があなたに代わって戦ってくださるからです。
イエス様は弟子たちに教えられました。『世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました』。(ヨハネ16章33節)
そうであるなら、私たちがこの世において歩むべき道は一つしかありません。すでに世に勝ってくださったイエス・キリストに信頼して、目の前に備えられた信仰の道を歩み続けることです。
その時主は、あなたにご自身の栄光を現わさせてくださいます。 アーメン