2026年07月8日(水)

<讃美歌>讃美歌412番「父の神 このわれを」

<聖書日課>ヨハネの福音書13章1~17節「互いに愛し合う幸い」

私たちはイエス様がキリストとして全人類に示してくださった愛は、十字架の愛であることをよく知っています。それは人類史上最も崇高な愛です。

私たちは、その十字架の愛をただ「ありがとうございました」と言って受け取ればそれでいいのです。

でもここでイエス様が示された愛は、私たちが<互いに与え合うべき愛>です。イエス様は十字架につく前夜、最後の晩餐の最初に、部屋に入ったところで弟子たちの足を洗われました。

弟子たちは非常に驚きました。 それについては、ペテロが『主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか』と言っているほどです。

人の足を洗うことは、奴隷の仕事です。普段は、弟子であってもイエス様の足を洗うことはありません。

では、何故イエス様はそのようなことをされたのでしょうか。

14節でイエス様は次のように言われています。『主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗わなければなりません』。

互いに足を洗い合うことは、やりたくないことであっても、相手に仕える愛をもってさせていただくことです。 そして、この14節で最も大切なことばは「互いに」ということばです。

イエス様の弟子である私たちが、<互いに仕え合う愛>をもって相手を尊重するとき、教会の中に主の愛が満ち溢れるからです。

「教会の中に主の愛が満ち溢れる」。それは何と幸いなことでしょうか。私たちはこの世では、悲しむことがあります。でも教会では、慰められます。

私たちはこの世では、苦しめられることがあります。でも教会では、喜びに満ち溢れます。私たちはこの世では、怒ることがあります。でも教会では、感謝がわき起こります。

そしてイエス様は、最後に『それを行うなら、あなたがたは幸いです』(17節)と言われます。これからの八鹿教会の歩みも、「互いに愛し合う幸い」に満ち溢れるものとなるように願っております。

アーメン