2026年01月28日(水)

<讃美歌>讃美歌333番「山辺に向かいて われ

<聖書日課>ルカの福音書1章67~79節「信仰の中心」

バプテスマのヨハネの父となるザカリヤに、御使いガブリエルが現れて「妻エリサベツは、あなたに男の子を産む。名をヨハネとつけなさい」と伝えました。

でもザカリヤは、ガブリエルによって語られた神のことばを信じることができませんでした。エリサベツは不妊の女性であり、すでに高齢になっていて子どもを宿すことはできないと思っていたからです。

このザカリヤのガブリエルへの対応は、この後イエス様を宿すことになるマリアの対応とは対照的です。マリアはガブリエルに「あなたのおことばどおり、この身になりますように」とすべてを主にゆだねたのです。

そのためザカリヤは、その時から告げられたことが実現するまで、話せなくなりました。 それは、ザカリヤの不信仰による沈黙です。

しかしザカリヤは、沈黙の期間に悔い改め、主のご計画の確かさを教えられたのです。ですから彼は、語ることが許された時、まず初めに「ほむべきかな、イスラエルの神、主」と言って全能なる主をほめたたえました。

そのときザカリヤは、救い主メシアを賛美しました。それは、自分の息子(ヨハネ)よりも、メシアなるキリストが「歴史の中の中心である」ことを教えられたからです。

私たちは、ザカリヤと同じような体験をした者です。私たちは不信仰な者でした。神のことば(聖書のみことば)を聞いても、自分とは関係ないとして信じようとはしませんでした。

しかし私たちの身に、神のご計画が実現するのを見せられた時=それは憐れみによって信仰へと導かれた時ですが=その時に、私たちは主がおられることを信じることができたのです。

そして今、主を第一としてほめたたえる者と変えられました。

この後ザカリヤはどうなったのか、聖書は何も語りませんが、信仰によって祝福されたと信じます。主の御力を教えられた者は、主に従う以外に道はないからです。

ザカリヤが自分の罪を悔い改め、御使いのことばを信じたように、私たちも、これまでの罪、また日々繰り返す罪を悔い改めて信仰生活を過ごさせていただき、主から大いなる恵みをいただきましょう。

主はあなたを祝福したいと願っておられます。私たちは、イエス・キリストに従い続ける者として主に仕え続けさせていただきましょう。

これからも私たちを祝福してくださる主に感謝して、

アーメン