2026年01月21日(水)

<讃美歌>讃美歌238番「いのちの糧 主よいま

<聖書日課>マタイの福音書9章14~17節「古い皮袋と新しいぶどう酒」

イスラエルの人々は、古くから律法主義を教え込まれ、行いによる義を実践しようとしてきました。でも誰一人として律法の要求を、完全に満足することはできません。

ですからそこに、人々の悲しみや満たされない気持ちがありました。そのことを表現する手段として人々は<断食>を繰り返していたのです。

それに対してイエス様は、「花婿が一緒にいるのにどうして悲しむことができるのか」と言われます。花婿とは、人々が長年待ち続けていた救い主メシアのことです。イエス様ご自身です。

イエス様は、救い主が世に来られたことは、喜ばしいことです。だからイエス様の弟子は断食しないのだと答えられました。

今も救い主イエス・キリストは、私たちとともにおられます。私たちはそのことを、喜んでいるでしょうか?

イエス・キリストの到来は新しい時代の始まりを意味します。 でも当時の人々は律法主義に固執して、行いによって義を獲得しようとする態度から抜け出せないでいたのです。それが<古い皮袋>です。

言い換えれば、古い皮袋とは、神の恵みを受け入れられない宗教的心の状態です。そのような時代に、イエス様は恵みによる救いと聖霊による新しいいのちを教えられました。それが新しいぶどう酒です。

古い教えに固執する者は、イエス様の恵みによる救いを受け入れられません。古い皮袋は破れてしまうからです。

私たちは、イエス・キリストの恵みの時代に生かされています。今は、主がともにおられることを喜ぶときです。

私たちは、福音主義との新しい皮袋に、イエス様の十字架による罪の赦しと、聖霊による永遠のいのちという新しいぶどう酒を満たして、主の恵みに感謝しましょう。

その時に、あなたは喜びのうちに信仰生活を過ごす者と変えられるのです。

八鹿教会のすべての方々が、イエス・キリストの恵みである新しいぶどう酒を、心おきなく飲まれますように願っております。  アーメン