
2024年12月25日(水)
<讃美歌>讃美歌37番「きよしこの夜」
<聖書日課>ヨハネ1章1~14節「闇に輝く希望の光」
ヨハネの福音書を書いた者は、大変印象的なことばで書き出しました。『初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった』。
福音書記者は、イエス・キリストを<ことば>と表現しました。それはイエス様が、主にことばで人々に福音を語られたからです。
また福音書記者は、ことばであるイエス・キリストは、<世の初めから神とともにおられた>と言います。それは、イエス様が永遠の存在であり、神そのものであると言っています。
また福音書記者は『この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった』(4節)と言います。そのことばが意味するものは、イエス・キリストは、人にいのちを与えることができる方だということです。
そしてそのいのちは、永遠のいのちであり、その人に希望を与えて輝かせるのです。闇の中に輝く光は、希望以外の何ものでもありません。
闇とは、神を知らない世界です。今、何と多くの方々が闇の中に住んでおられるでしょうか。闇の中に住んでいる方々は、「永遠のいのちがある」ことを知りません。その上、その方々は、ご自分が闇の中に住んでいることさえご存じないのです。
私たちクリスチャンも闇の中に住んでいます。でも私たちは、闇の中で喜んでいます。なぜなら、闇の中に輝く光を知っているからです。イエス・キリストが私たちとともにおられるからです。それ故、私たちもこの世にあって輝くのです。
福音書記者は、私たちに語っています。「あなたは、輝いていますか」と。私たちは、自分の力では輝くことはできません。
パウロは次のように言います。『私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。』(Ⅱコリント3章18節)
私たちは、月のように、イエス様の栄光の輝きを反射して闇の中で輝くのです。
このクリスマスの時、私たちはこの世に来てくださったイエス様に感謝しつつ過ごさせていただきましょう。 その時、あなたは主にあって輝く者とされるのです。
それが<闇の世に輝く希望の光>であるクリスチャンの姿です。
アーメン