2024年05月08日(水)

<讃美歌>讃美歌416番「わがゆく道 いついかに」

<聖書日課>マルコ16章19~20節「福音宣教」

マルコの福音書は、当初16章8節のイエス様の復活の事実を簡単に紹介したところで終わっていました。 しかしマルコは、イエス様の復活の後、弟子たちがどのように福音宣教に仕えたかを書き加えました。

それはマルコが、イエス様の復活の力を知らせたかったからではないでしょうか。

かつてイエス様は、「わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのです。‥でも行けば、わたしはあなたがたのところに助け主を遣わします」(ヨハネ16章7節)と言って、聖霊を送ることを約束されました。

そのことをマルコは「天に上げられ、神の右の座に着かれました」と表現しています。神の右の座とは、「父なる神と同じ権限を持っておられる」とのことです。

天に戻られたイエス様は、神として聖霊を私たちに送ってくださったのです。そしてマルコは『弟子たちは出て行って、いたるところで福音を宣べ伝えた。

主は彼らとともに働き、みことばを、それに伴うしるしをもって、確かなものとされた』(20節)と言って福音書をまとめました。

マルコは言います。福音とは、

① 「出て行くことです。」 イエス様は「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい」(マタイ28章19節)と言われました。

② 「いたるところで宣べ伝えるべきものです。」 宣べ伝えるべきものはイエス・キリストです。

③ 「宣べ伝えるときには、主がともに働かれます。」 主は、聖霊によって宣べ伝える者に知恵と力を与えてくださるのです。

④ 「みことばを確かなものとして伝えます。」 福音宣教とは、みことばに信頼して伝えるものです。

私たちは、福音宣教のためにどこに遣わされているでしょうか。 親戚の者や友人に遣わされることもあります。 また、客としてあなたのところに来られる人に遣わされていることもあるでしょう。

そのような人に、イエス・キリストを語るときに、主はともに働いて、みことばが正しいことを相手の人に悟らせてくださいます。

マルコは、福音書を1章1節の「神の子、イエス・キリストの福音のはじめ」とのことばで書き始め、

「弟子たちは出て行って、いたるところで福音を宣べ伝えた」とのことばで書き終えています。

マルコは、この福音書を読む者に、福音を教え、その者が福音を宣べ伝える者とされることを願っているのです。 その願いはイエス様の願いでもあります。

私たちも、イエス様の弟子の一人として、遣わされた所であらゆる方々に福音を語る者とされましょう。その時、主は聖霊をもってあなたを助けてくださいます。

これからも、八鹿教会の一人ひとりが、イエス・キリストの福音を語り続ける者とされますように願っております。  アーメン