<讃美歌>讃美歌394番「主よ終わりまで仕えまつらん」  

<聖書日課>ルカ4章38~44節「福音を告げ知らせる者」

この箇所では、シモン(ペテロ)のしゅうとめを通して人々に福音が告げ知らされています。

シモンのしゅうとめが熱病で苦しんでいました。彼女は、周りの人々に慕われていた女性です。だから『人々は彼女のためにイエスにお願いした』のです。

人々は彼女のために何かしてあげたいと思ったことでしょう。でもその日は安息日でもあり、自分たちではなす術もありませんでした。

それで、イエス様にお願いしたのです。その事実は、彼女が常に証の生活をしていた証拠です。

また彼女は、熱病以外にもう一つのことで心を痛めていました。それは、「イエス様をもてなしたいけれど、それができない」との思いです。

それで、熱病が癒された時、”すぐに” 立ち上がってイエス様の一行をもてなしました。

私たちは、そのように常に「イエス様をもてなしたい」との思いを持っているでしょうか? 信仰が探られる思いがいたします。

さて、日が暮れて安息日が明けると、うわさを聞いた人々は、次々に病人をイエス様の所に連れてきました。

イエス様は、その一人ひとりに手を置いて親身になって癒されたのです。悪霊に着かれた者からは悪霊を追い出されました。

42節に「朝になって」とありますが、イエス様の病人の癒しは一晩中続いたのでしょう。イエス様は、ご自分が休むことなく人々の弱さに付き添ってくださいました。

さて、朝になってイエス様は寂しいところに何をしに出かけられたのでしょうか。<祈るため>です。

祈って、父なる神様から励ましを受け、次の宣教地へと出かけて行き、福音を告げ知らせられたのです。 このすべてのことのきっかけとなっているのが「シモンのしゅうとめの証の生活です」。

私たちは、福音を宣べ伝える働きは、直接人々に聖書のことを教えるとか、教会に連れてくることをイメージします。 しかし、主イエス様がともに働いて下さらなければ宣教は1mmも進みません。

イエス様は、あなたがあなたに与えられた賜物を用いて証の生活をすることを願っておられます。

シモンのしゅうとめにとっては、それが ”人々をもてなす” ことでした。

私たちも、今自分に与えられている賜物を見直し、イエス様のために何ができるのかを祈り教えられる必要もあります。

私たちが背伸びをして福音を宣べ伝えようとしても進みません。 今日も、今できることを喜んでさせて頂き、主に仕えさせていただきましょう。 それも「福音を告げ知らせる者」の生き方です。

アーメン

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