
=信仰生活の喜びに生かされるために=
<福音書>ヨハネによる福音書6章51~59節
イエス様は、カペナウムの会堂で「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲みなさい」と言われました。
多くの人がこのことばを聞いて「これはひどいことばだ」と言ってつまずきました。人々はイエス様のことばに強い抵抗感を示したのです。
またユダヤ人たちは、『わたしは、天から下って来た』とのことばにも引っかかりました。ユダヤ人は、イエスのことばは神様を冒とくしていると主張したのです。
しかしそれは、あなたが正しい信仰を持つためです。「信じる者は、永遠のいのちを持ちます」と言われています。イエス様は、あなたに信仰を求めておられます。
主はあなたが納得することを求めてはおられません。主はあなたが信仰を働かせてイエス・キリストを信じることを求めておられるのです。
イエス様は、様々な奇蹟を根拠として、ご自身が神の力を持っていることを示されました。
でもユダヤ人たちは、見るべきものを見ようとせず、聞くべきことに耳をふさぎました。
また、イエス様がご自分のパンを人々に与える場所は十字架です。
そしてこの十字架のイエスの姿が、メシヤの姿であると信じることが、天からのパンを食べることであり、人が永遠のいのちを獲得することです。
そして、そのイエス様の肉をたべ血を飲むことが、永遠のいのちと永遠の死との分かれ目となります。
またイエス様は『わたしの肉はまことの食物‥』と言われました。“まことの”とは“信ずべき”と言う意味です。
イエス様が十字架で差し出してくださったご自身のからだと血は信ずべきものです。
そして、イエス様の十字架の贖いを信じる者には、
①永遠のいのちを持つこと、②終わりの日によみがえらされること、③イエス様との個人的な人格的交わりを持つことが特権として与えられます。
今、私たちはこの世にあっても、主イエスが私とともに生きていてくださり、天の御国を先取りできる幸いを感謝いたしましょう。
それが<イエス・キリストに生きる>ことです。
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